女神のギプスと女帝期間

 

 

 “自分の体験をひとにシェアしなさい”というメッセージが、ここのところ幾度も多方面から飛んできます。

 

 わたしは“自分の体験”を直接的な言葉で話すことをあまり好まない傾向にあり、ひとと“シェアする”ことは大好きですが、わたし自身がなにかを“シェアする”とき、そこに感情をまじえず俯瞰的な視点のものを、と思っているようなところがある。

 

 でも、“俯瞰的で感情が混ざらないもの”をつたえようとすれば、自分がほんとうにいいたかったことの本質から遠ざかったり、それはわたしでなくとも誰かが発信しているだろうと摑んで託せばよかったものを風のようにやり過ごして、なにがいいたかったのかも忘れたりするので、「自分の体験を」「繕わない誠でつたえなさい」といわれているのだろうし、またひとは自分が体験したものでしか、ほんとうの意味で“シェア”はできないのでしょう。

 

 自分で体験し自身の腑に落として得たものが“知恵”なのだから。

 

 

 四年まえからおおきな苦しみの学びのなかにいました。とくにこの二年は肉体にかかる負荷に苛まれることが多かった。それはたとえば「ジャンプしようとすれば一度かがまなければいけない」という言葉の意味を、身をもって知るための期間だったといえます。

 

 からだにかかる負荷から寝込むことも多くありました。それを滅多にひとにいったりはしなかったけれども。

 

 だって、誰かと“シェア”をするなら楽しいことがいい、美しいものがいい、なるべく心配はかけたくない、そう思ってきたから。だからこの“負荷”のことを限られたひとたちに説明するときも、「いま、女神養成ギプスが嵌められてるの」などと冗談めかしていったりしたものです。

 

 実際それは、事実から遠くない言葉だったといえます。

 

 なぜなら肉体にかかる負荷とは裏腹に、わたしはどんどん自分自身に還ってゆき、自身のなかにあった不要なエネルギーが削ぎ落とされ、自分の内側に輝くものを発見していったから。からだにのしかかるような重さや不調は、クリアリングからきているものであることを、わたしは知っていました。

 

 そしてそのクリアリング、浄化は、わたしが望んだものでもあったのです。

 

 「わたしはほんとうのわたし自身を生きたい」

 「ほんとうの自分に還る」

 

 そう決めたときから、それははじまったのでした。

 

 “ほんとう”に還るなら、“ほんとう”の自分を生きるなら、“ほんとう”でなかったものを炙り出さなければいけない。

 

 自分についた嘘、偽り、ジャッジ、負の感情、それらは「味わいきる」ことで浄化される。だからわたしの肉体も、わたし自身によって無視されてきた数々のものを炙り出し、負荷としてわたしに感じさせ、認識させようとしたのです。

 

 「こんなに苦しんでいたんだよ」

 「こんなに無視してきたんだよ」

 

 そういう声を。そのからだの声は、わたしの心の声でもありました。

 からだに心の状態があらわれて、感じきってほしいとわたしに懇願していたのでした。

 

 このクリアリングがはじまってから最初の二年はなにがなんだかわからず、ただただ停滞感をともなう苦しみがつづき、でもじきにそれが自分自身の“負”を祓っているがための苦しみなのだと気づきました。つまり「女神養成ギプス」をわたしはわたしに嵌めているのだと。

 

 嵌められた“ギプス”はとても重いので、身動きが制限されていました。すこし無理をするとすぐに疲れてしまう。それも健康なひとならそれが簡単にできるようなことで。だけどその“ギプス”を嵌めていることが常態でありながら自分の行動範囲を少しずつ拡大させてゆくにしたがって、ゆっくりとその“ギプス”がわたしにあたえていた負荷が解けてゆき、またわたし自身にもさまざまな変化がありました。

 

 そのころには“ギプス”を嵌めているのにもう慣れているから、これが完全に外れたときはほんとうに軽くて幸せだろうな、などと思いつつ、わたしはわたしの目のまえにあらわれたことをこなしていました。

 

 いま思えばそれは「女帝期間」でもあったのです。

 

 タロットカードの女帝。あの女性は“創造性”をつかさどり、“生みだすひと”です。

 

 そしてなにかを“生みだす”まえには、その大切な卵にひび割れができたりしないように、生みだすまえにその可能性を自ら、あるいは外界によって壊してしまわないように安静にしていなければいけない。停止していなければいけない。半ば強制的に訪れたその期間を、わたしは最初、負荷や停滞と感じたけれど、それは女神と女帝のための時間だったのだと、いまはわかります。

 

 女性(であることを“選択”した者)は誰でも女神で女帝だとわたしは思っていて、ただそれに気づくか気づかないかの違いだけがある、と信じています。

 

 それに“気づく”ことを望むなら、そのまえに自分についていた“偽り”を見せられる。わたしはそれに“気づく”ことを心から望んでいたので、否応なく直視させられた“偽り”は強烈で凄まじかった。そこから学びなさいと崖から突き落とされたみたいに。そして底の底までついたときに自分の力でジャンプするんだよ、サポートはするけれど、最後は自分の力で飛ぶことを選びなさいね、と微笑みかける、厳しくも温かい学びとして。

 

 でも、それはぜんぶわたしに必要な「女神養成ギプス」で「女帝期間」でした。

 

 隙間なく際限なく進行したクリアリングに正直へとへとだったし、戻りたいかといわれればもう二度と戻りたくない困難と辛苦を極めた時間だったけれど、ようやくその“ギプス”も完全に外れてくれようとしています。

 

 なにかを“生みだすまえ”に、なにかが“動くまえ”に、強制ストップが入ることがある。ひとはそのとき失望し、停滞をなんとかしようと足掻いたりする。わたしもそうだった。ストップがかかるときは「女帝期間」――自分の頭上にある冠を知るために、見つめなければいけないもの、手放さなければいけないもの、気づかなければいけないこと、学ばなければいけないことがあるのではないか、すべては自分の“創造性”のために、といわれていたことを、わたしは知っています。

 

 (愛だって豊かさだって“創造性”ですよね。)

 

 

 長くなりましたが、ひとまずこのような感じで。

 

 ひとつ痛切に感じていることは、ひとは愛や豊かさを願うけれど、健康もそれとおなじくらい、それにも勝る恩恵だということ。ここまでお話におつきあいくださったあなたも、どうぞおからだご自愛くださいね。