鍵と妖精のカード、わたしの図書室
おかげさまで「はじめまして」とsessionで申しあげる機会が多くなってきて、その「はじめまして」のとき、クライアントさまへ鍵と妖精のカード、そして図書室の貸出カードをお渡ししています(現在、鍵と妖精のカードは対面sessionでお逢いできたかたにお渡しし、貸出カードにかぎり遠隔sessionのかたにもおつくりしています。貸出カードは対面、遠隔、併用可能となっています*)。
これは2019年の秋にエネルギーワークのsessionを開始したそのはじまりから、ずっとお渡ししてきたものでもあります。それはまずわたし自身が第一に「楽しみたい」という気持ちからはじめた“遊び”でもありました。
そして「はじめまして」のさいにいまから綴るようなことを簡単にご説明したりしているのですけれども、近ごろそれを言葉にする機会も増えてきたので文章としてまとめておきたいなと思ったのでした。
わたしの空想に浮かぶ夢の風船のひとつに「自分だけの“図書室”があったら素敵」というものがあって、ちいさなお部屋を借りてそこに書架をならべ、そのなかに好きな本の背表紙だけをおさめて“図書室”にし、その部屋の鍵を自分と縁があった女の子(“女の子”はもちろん年齢によらないものです)にだけ渡して、彼女たちがいつでも好きなときに自由に出入りできる場所にできたらいいよね、みたいな感じでその夢の風船はどこまでも天にむかって飛んでゆくような、そんなありさまです。
sessionをはじめるとき、この“図書室”のことがわたしのなかにはありました。お部屋に施術を受けにいらしてくださるかたがたは、“図書室”が現実にあったならその鍵を渡したいと思うであろう女の子たちになるのだろうと、わたしにはわかっていました。だからsessionを開始するまえに鍵と図書室の貸出カードを用意したのです。
鍵はひとつずつ異なるものをそろえて、ちいさな封筒に入れ、それをおさめた箱からおみくじみたいな感覚でお運びくださったかたに引いてもらう。封筒のなかに入っているのがそのひとの“鍵”――ひとつずつ異なる鍵を忍ばせてそのひとだけの鍵としたのは、「またいつでも気持ちがむかれたときにはここで休んでね」とわたしの“図書室”の鍵をお渡ししたつもりでもあり、その鍵がそのひとの自分自身を旅するときの扉をひらく鍵ともなりますようにという祈りもこめてもいるからです。
図書室の貸出カードにはそのとき受けてくださったsessionメニューを記載し、これもまたお遊びでわたしがsessionメニューを本の題名に見立て、「無事に返却されました」のあかしとして「済」という判子をその横に捺しています。この判子がカード1枚ぶんたまったらポイントカードのようにそのときに応じてサービスのようなことをいたしますが、現在はわたしがそのかたに必要だと感じる女神のエネルギーを20分session内でお流ししたりしています。
何度もお逢いしているかたには場合によって部屋の本棚にならんでいる書物を、そのかたに対する信頼とともにお貸しすることもあります。お話をしていたり、わたし自身感じることがあったりしたときなど、「このひとはこの本を読んでみたらどうかな」「あのひとはあの本がお好きそうだな」という気持ちが自然にやってきて、この“図書室ごっこ”をわたし自身がとても楽しんでいるのです。
そのようにお渡ししているもののみっつめに、妖精のカードがあります。
これはフェアリータロットカードというデッキから1枚、そのかたをイメージするもの、あるいはそのかたに必要なメッセージやエネルギーをカードから感じるもの、簡単にいえばそのかたの“お守り”になってくれそうな1枚をわたしが選んでお渡ししているかたちです。
なぜそのようなことをしているのかというと、ちょうど過去に別のBLOGで綴っていたときの文章をまじえたほうが説明しやすいので、2019年冬のわたしが書いた「秋の女王の失踪と帰還」と題をつけた記事を下記に引用します。
*
わたしに起こること、生じること、あらゆる挿話はすべて繋がっていること、それを実感する日々で、だからここから記すことも自分の螺旋状になった数珠繋ぎみたいな一連の出来事の断片をおおやけにするような感じではあります。願わくばそのかけらのひとつずつが美しい花となり、記憶の故郷で花冠となって、いつでも(いまも)それを戴冠しているわたしでありますように。
ひとつまえの記事で夏至の儀式のことを記しましたが、ちょうどおなじころわたしが所持している妖精のタロットデッキから、「秋の女王」に該当するカードが行方不明になりました。
わたしはカードでリーディングなどすることもあって、この妖精のタロットはそれにもおおきく助力してくれていたものでもあったので、一枚といえど紛失となるとそのデッキは使えず、おうちの外で失くしたはずもないので家のなかをあちこちと隈なく探したのですが見当たらず、急遽おなじデッキのあたらしいものをお迎えすることにして(この妖精のタロットをいたく気に入っていたので)、以前から愛用していたものはそのカードを連想するかたたちに差しあげることにしました。たとえば星、たとえば月、たとえば魔術師、たとえば秋の9、そのようなカードをわたしが「このひとにぴったりだ」と思うかたにもらっていただき、わたしなりの“護り”もそこにこめたりもして。
行方不明となった「秋の女王」は本来のタロットの「ペンタクルのクイーン」にあたるかたです。ペンタクルのクイーンは“地”をつかさどり、豊かさや繁栄の象徴であるのとともに、“育む女性”をあらわす賢母でもあります。実際に「母親」でなくとも、母性があり、そして“地”をあらわすのでその母性が「物質」をともなう。目に見える形で物事を“育む”――だから豊かさと繁栄を示唆する。
わたしはこの秋の女王のカードが一枚だけ見当たらないことには、なにか意味のあることだと感じていました。いままで自分のカードたちがそのように紛失したことはなく(愚者が一瞬だけ旅に出たりなどはありましたが。そしてそれもやはり意味のあったことでした)、またこの女王が“失踪”した理由についても、わたしなりに思い当たることがありました。
話は変わるようですが二年半以上まえ、だからもう前世くらいに遠く感じるようなころのことではありますが、このおなじ妖精のタロットから書き起こしたメッセージを、あるひとが手紙で綴ってくれたことがあります。
このような経緯で、妖精のカードをご縁のあったかたにお渡ししているという感じです。
session開始当初からいらしてくださっているかたには、ときにそのかたの主題やメッセージの移行のようなものを感じると2枚目をお渡ししたりもして。
このフェアリータロットはわたしがカードを引きはじめたばかりのころから使っているデッキですが、なにやら魔法がかったものを感じる不思議なカードでもあり、秋の女王のカードはいまでもお部屋に飾っています。それはわたしの大切なお守り、そしてご縁をいただいたかたにとってもそのように作用することを願い、お渡ししているものでもあります。
それからsession開始当初からお運びくださるかたで、ご希望されるかたには去年の冬に最初にお渡しした“鍵”を一時おあずかりしてチャージするようなことも、これもまた密やかにおこなっていました。
おあずかりした鍵はそのつぎにお逢いできたときにお渡しするかたちとなってしまいますが、美しい桜の封に入れてお渡ししています。2種類あってわたしの感覚でそのかたにあう封を選んでお返しいたしましたが、もしご希望のかたはsessionのさいに“鍵”をお持ちくださればやはり一時あずかりのかたちになってしまいますが対応しておりますので、どうぞそのさいはおつたえいただけましたら幸いです。
そして一度でもsessionにお運びくださったことのあるかたには先月にご案内して、すでに施術も開始しているのですが、対面sessionのほうで“完璧主義”というキイワードに作用するあたらしいメニューをはじめています。来月になりましたら正式にメニューの詳細を記載いたしますので、もしそのキイワードに反応を感じるかた、ご興味がおありになるかたがいらっしゃいましたら、すこしだけお待ちくださいね(ヒーリングやホルモンバランスヒーリングのご提供もおなじく先月からはじめていますが、こちらは少し遅れての詳細になるかもしれません)。
お読みくださりありがとうございました。